日本電産に見る人材育成の有用性についての話

ネットニュースを見ていると、結構とんでもない記事を見つけました。

記事に対して反論するつもりもないのですが、ちょっとだけ見当違いの意見がある場所があるので、訂正と言うかちょっと物申してみたいと思います。

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日経XTECHの2022年5月19日の記事よりの抜粋

記事のタイトルは、「マイクロマネジメントの功罪、日本電産の永守CEO復帰で色濃く」という内容です。

すべての記事を見るためには有料会員にならないといけないようですが、僕はこういったコンテンツにお金を払うのはちょっと嫌な人なので、全文を読むことはできませんが、おそらくは、日本電産という会社は性悪説に基づくマイクロマネジメントを行わなければ発展しない、将来的にはちょっとしんどい企業になるだろう、という内容ではないかなと思います。

記事の内容について意見を述べるつもりはないのですが、日本電産グループに関わってきた人間としてマイクロマネジメント的なマネジメントスタイルはその通りで、そのせいで色々と弊害を起こしていると思っています。

ただ、記事の中でこんな内容が書かれていたのですが、これは間違っていると思っています。ちなみに内容はこちら

今、日本電産が直面している問題は、永守会長に匹敵する優れた経営能力を持つ後継者が見つからないことではない。永守会長個人の能力に依存せずに、成長を持続できる組織的な力をいかに身に付けるかだ

これはちょっと合っているのですが、かなり間違っています。合っているのは、「永守会長個人の能力に依存せずに」という箇所で、間違っているのは、「成長を持続できる組織的な力をいかに身に付けるかだ」という点です。というよりもこの文面抽象的すぎてあまりピンときません。

ここは、「人材の育成について永守イズムを継承するという発想をやめるべきである」とう書き方を追加する方がいいと思うのです。

もう少し具体的に書いていこうと思います。

永守代表のクローンを作りたいのか、日本電算を発展させたいのかよくわからん

今の日本電産は永守代表のクローンを作ろうとしているんじゃなかろうか(半分以上冗談)と言うのが私の感想です。

永守代表の著作を読ませて永守イズムを叩き込む。3Q6S、千切り経営といったマネジメント手法を躍起になって叩き込む。永守代表が行って生きたマネジメント手法がしていれば万事OKという発想が組織の中にはまん延しています。これは少し宗教的かもしれません。

あなたの手法はみんなが使いこなせるとは限らない

日本人にはよくあることなんですが、ある有名な経営者がやっている手法だから、真似てみる、同じことをしてみるというのはよくある話ですが、それは本当に正しい行為でしょうか。

いいやり方を学ぶというのはとても良いことですし、自身の型を作るというのは「守破離」の考え方にも即しているので、とても良いと思うのですが、ちょっとやり過ぎのような気がします。

俺ができたんだからお前もきっとできる、というのは極論であり、それを地で行こうとしているのが今の日本電産です。そんなことをしていたらいつまで経っても新しい経営者はできませんし、永守代表と同じ能力、またはそれ以上の能力がないと務まらないということになります。

人材育成のイメージがあんまりない

あるんですが、ないに等しいと思ったほうが良いです。

Nidecwayはあります。メッセージも具体的ではあるんですが、社内に浸透させようとする取組がない。取組があってもそれは永守代表がトップダウンで必死に伝えているだけです。ボトムアップ的にメッセージはどういった意味があるのか、従業員はそれをどのように解釈するのかといったことについては頓着していない。

永守代表が言っているんだから間違っていないという思考停止に陥っています。これは間違いないです。

Nidecwayを元に、日本電産のあるべき姿を現場レベルにまで落とし込まないといつまで経っても人材は育ちません。経営者目線を現場の若手に押し付けても、人は育ちません。現場には現場のあるべき姿があるはずです。その姿に言及せずにみんな永守代表のようになれば良いというのはあまりにも乱暴です。戦隊モノの赤ばかりになってもきっと敵は倒せません。それと一緒です。

あとマイクロマネジメントはやめたほうが良い

僕のような経営もしたいことがない、経営素人が言ってはいけないことだと思いますが、敢えて言います。マイクロマネジメントは百害あって一利なしです

マイクロマネジメントは人の思考力を奪います。マイクロマネジメントは想像力を排除させてしまいます。マイクロマネジメントは人材の育成には不向きです。

日本電産はマイクロマネジメントが大好きです。人に任せる、相手の自主性に任せて何かをさせるということがとても苦手な会社です。その証拠が吉本元社長、関社長の降格人事です。

マイクロマネジメントは人の思考力を奪う理由

マイクロマネジメントというのは、細かくタスクを決めて期限を決めます。そのタスクはかなり詳細に書かれておりそのタスクをこなさないといけないと、半ば脅迫めいた指示が発生します。

できていないと、なぜできていないのか、どうすればできるのか、いつできるのか、と言われ続けるわけです。

でも細かいタスクができなかった理由なんて大した理由ではないのです。他の依頼が発生した、急な指示が降りてきた、細かくタスクを落とし込んだつもりがヌケモレがあったせいで別の作業が発生ししまったなどです。

詰められれば詰められるほど、人間というのは萎縮します。萎縮すると思考力が鈍ります。目の前のことをひたすらこなしていくということに主眼を置き、それができると安心するというスタイルが出来上がってしまうのです。それは毒です。人間を違う意味で駄目にする毒になります。

なので、マイクロマネジメントはおすすめしません。自分の仕事を細かく分類し切り分けて実施すると言うのは全く問題ないのですが、それ管理ツールに使ってしまうのは全くナンセンスですし、すぐに辞めたほうが良いです。

マイクロマネジメントは想像力を排除させる理由

今あること、やらないければならないことを粛々とこなす仕事にどうして想像力が生まれるでしょう。

1日8時間、ずっと作業をしないと終わらせることができない、作業を続けることで、新しいことを考える力や時間は失われてしまいます。

想像力というのは、時間の余裕の中で生まれるものもあります。切羽つまったどん底のときに生まれる想像もありますが、両輪だと思います。マイクロマネジメントは想像をするための片輪を奪い去ってしまう行為です。

マイクロマネジメントは人材の育成には不向

人の想像力を奪い、思考力を失わせてしまう可能性のあるマイクロマネジメントが人材育成に適しているなんて決して思えません。

自立的、能動的な仕事ができる人材を生み出すためのマネジメント手法としてマイクロマネジメントは絶対に取ってはいけない手段です。ぜひ辞めましょう。

人を育てるときにコミットメントは大事

一時の気の迷いや、短期的な指標を持って、人材育成の舵を切り直したり、辞めてしまったりするのは愚の骨頂です。任せることがとても大事だと思います。相手を信じること、相手がしでかしたことを被ってあげること、それは任免をした人間の責任です。

山本五十六もおっしゃっています。任せるということ、任命するということ、一部には目をつぶるということが大事だということを理解するべきです。

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